ANA国内線【PR】
(写真はすべてHYCホームページPhoto Galleryより)
 
毎年4月は恒例のお花火レガッタ。
今年は寒さが続き、桜の開花は一週間ほど遅れたとか。

われわれも、レースへのギアの入りはいつもより遅い。
この日、スタート予定時刻ではまだ風の変わり目、微風のため延期。



南の風に変わった11時ちょうどにスタート、こののち風も順調に吹いていいレース日和となった。


走りは、もう一つの感があったが、修正順位7位。いつもと同様しぶとくラッキーセブン賞のワインをゲット。

ただし、クラスが似たようなFS艇とは、スクラッチの成績では負け。



レース後の艇長の弁・・・・
「良かったのはスタートが下2番手からうまくできたこと、

反省点はタックポイント(タックした後のマークへの角度)が自信をもって判断できず、2回目の上マークでタックを多くしてしまったこと、

FS艇とは途中までいい勝負をしたものの、いくつかのミスがなければ勝てていたかな、という悔しさも残るレースであった、

でも、とにもかくにも、ワインゲットはこれはちょっとうれしかったかも・・・」・・・と。

(Photo by HYC)

昨年中止となった本レガッタも、今年は「震災復興記念レガッタ」として復活。

スタートは10時40分。17艇参加。スタート時は北風5~6Mの順風。
スタートラインは一線だったが、東寄りコースを行きたい艇が多いのか、本部艇側に船が集中し、強引に入って来る船でかなり混雑。

当方は衝突を避けるため、おとしてからタックして東に向かい、ほとんどギリギリまで突っ込む。

上マークの回航は西に行った船には勝っていたものの後ろから5、6艇目か。
スクラッチ戦としている、ほぼ同クラスの他2艇よりはとりあえず先行。
フリーではジェネカーワークも冴え、2回目の上りでは、やはり東寄りコースを取る。

2回目の上マークを回ってから徐々に風が落ち始める中、ようやく下マークにたどり着いたが、3回目の上りでは、ほとんど無風状態。このあたりで当初は思いもしなかった3時間半のタイムリミットを意識し始め、やや愕然。

残り20分くらいのところで、ようやく南が吹き始めたものの、時遅く、ついにその時間を迎える。
リミットにひっかかったのはスクラッチ相手を含め数艇・・・ということで、何とも残念な結果となった。

学んだことは、やはり、北風のときは東寄り海面が間違いないこと、また、風が落ちたときはジタバタせず、船をマークに向ける、ということ。

表彰式兼懇親会では被災を受け復旧中の佐々木酒造(宮城県名取市閖上)蔵出しの日本酒「閖」で献杯を行い、参加者へ頒布用に用意した「閖」もすべて売り切れとなった様子。

被災地の一日も早い復興を祈念いたします。
例年正月3日は、初乗り日と決めてある。

今年は天気良く、寒いものの風も穏やか。この日は江の島神社沖と森戸神社沖まで出かけ、海の方から今年の安全航海を祈って帰港。





途中で、レーザークラスのレースに出くわす。正月から、富士山と江の島をバックに、とはすばらしい。参加している皆様に敬意!!。




帰港したら早速新年会。
昼ころから夕方まで、始めはデッキで、日が陰ったら船内で、と続く。

今日は年末の大掃除の日、本港からも富士が良く見える。




まずは積載品をすべて日干しにする。

全部出してみるといかに多いか改めて驚く。思い切って減らさないければ、艇も走らない。

・・・と思うものの、航海の安全に必要なものはともかく、ひとつひとつをどうするか迷ってメンバーに声をかけると、われわれ世代の特徴で、ついつい「モッタイナイ」精神が働き、断捨離ブームに乗り切れず。


 丸一日、昼飯もそこそこに全員で働き日の落ちる頃解散。

多くの荷物は積んだままだが、船底もきれいにしたので、来年もまずは乗員の安全と健康を第一に、より早く、より楽しく、帆走しよう。
レース終了後、葉山ヨットクラブ忘年会が行われた。出席者は100名を超え、大いににぎわった。
ここで、年間総合成績の発表あり、わが艇は6年ぶりに総合優勝に輝いた!!!

メンバーの高齢化の中で、新たに加わった若手(といってもわれわれに比べて、わずかながら若がえり)の活躍もあって、栄えある賞となった。




あと2名のメンバーは写真に加われず。


宴たけなわのころの、日暮れの富士もまた素敵であった。
早くも年末の忘年会レガッタの時期となった。

今回はレース運営のコミッティ当番だが、メンバーは二手に分かれ、レースも参加することとした。

レース結果は前月と同様芳しからず。1年近く船底掃除が十分できていないことが、いよいよ影響か・・・・。とは、成績が悪い時の言い訳の典型。

今日は冬の晴天下での葉山沖の江の島と、雪をいだいた富士がくっきり見える。




各艇出港準備。 レース中も富士と江の島が間近との感あり。(レース中の写真はRivieraによる)


クラブ定番の茅ケ崎沖烏帽子岩を回航し、葉山まで戻るレース。

しっかりした風の中なら数時間で往復、ゴールできる距離であるが、この日は終始西寄りの超微風。わが艇にとっては最も苦手な環境。

結局大幅なコース短縮となり、だいぶ手前の江の島沖がゴールラインとなった。結果は9位。

(Photo)各艇はスタート1時間20分後でもまだ鎌倉沖で浮遊状態。

この日クラブ主催の月例レースに参加。

終始北ないし北東の風の中、スタートした。

時折わが艇にはやや苦手の風速となるも、今日は、艇速重視で走る方針で、スキッパーも頑張る。



しかし、長年この海域でレースをしていたにもかかわらず、陸からの風の振れをつかみきれず、途中次第に後退する。

レース結果は残念なものとなり、スキッパーは大いに悔しがった、が・・・・。
いつもながら、賞品だけはしっかり受け取ったレ-スでした。

以下スキッパーのぼやき・・・。
「本当にくやしくて、今でも最初の上へのレグでなぜもう一度タックしなかったか悔やまれる。葉山の山の景色が今でも目に浮かぶ」

「(先月優勝した際に積み込んだままだった)初島レースの副賞のたくさんのビール(2カートン)が文字通り”重荷”になった。(おろしておけば良かった)」

・・・等々。


朝11時から、前日レースの成績発表・表彰式とパーティ。

わが艇は、修正順位1位と、堂々の優勝!である。

合わせて、乗艇者平均年齢が「68歳」と、「最高齢クルー賞」も受賞。

これでも昨年に比べ少しは若返ったのではあるが・・・。


恒例の「石原慎太郎トロフィー」をいただく。

「なでしこ風に!」との掛け声があったので・・・。。

なお、今回は18艇が参加。
到着時間ではトップとラストで、3時間45分、修正時間ではほぼ2時間、と良い風の中だったせいか、かなりお互いに接近した結果となった。



今回の大会ポスターも、わが艇初代から3世までのオーナー故小田達雄が描いた絵を使用したもの。


共に少し年を経たが、がんばってくれた艇にも感謝・・・。

このレースの運営に携わった多くの方々に感謝して、来年もまた頑張ります。
葉山をスタートして、相模湾を横断、熱海沖の初島を回航し戻ってくるという、これも毎年恒例の、小規模ながらのオーシャンレース。
早くも第9回目。一昨年優勝、昨年3位と、わが艇にとっては、ここのところ縁起の良いイベントである。

台風15号が沖縄周辺で停滞し、同時に16号が小笠原沖に居座るという状況のためか、うねりもあり波高2.5M、風は終始南で10M以上、時には15M。

素晴らしい晴天ながら、伊豆半島に近づくと黒雲と雨にも見舞われるという中での帆走。


朝8時スタート、わが艇は残念ながら今回も出だしはあまり芳しくなく、遅れ気味。


スタート5分後、第一マークに向かう先行艇。左から「アルバトロス」、「七福神」、「White Crest」

同じく10分後。

12分後、左から、「寿限無」、「Coral Sea」、「Stork」。


わが艇は、今回乗艇者7名。もともと重い艇がさらに重くなる。

年齢は重ねているものの、みんなかつてはそれなりに多くのレースの経験者。
風も良く、全員で1時間交代に、ラット(舵)を握ることにする。
初島までは、240度の登りほぼ1本。

時折強い風にみまわれ、帆走中に1P のリーフを3-4回繰り返すが、走りは良い。途中、遅れをだいぶ取り戻す。



無理にのぼらなかったこともあり、最後は少し初島から離れる結果となった。潮の下げ止まりの頃、一度タックして島に近づく。

・・・で、ほぼ順調に13時15分には初島灯台の真南を通過し、回航完了。一路帰路へ。
先に行く艇も少なくなった。

途中、大きなトラブルはなかったが、ライフラインのフックが壊れていること判明し応急処置。



帰路は、これも60度一本の、ジェネカーでぎりぎりのコース。

ほとんどの艇がスピンのため、この角度での帆走を続けることができず、少しづつ風下を向き、江ノ島方向に行かざるを得ない中、われわれは葉山へ、ほぼまっすぐのラインを取った。

この辺が今回の勝敗を分けそうである。


すぐ先を行く中央に見える艇は、この直後、ブローチングに会い、スピンが裂ける事態となる。

ジェネカーでも、斜め後ろからのうねりと、ブローのため、時折ブローチングに見舞われる。


ラット捌きも力仕事になるので、帰路は30分交代としたが、ブローチングを3回起こしたらすぐ交代というルールも適用。

このため中には10分で交代させられたメンバーも・・・。

最後のレグは今回の艇長がラットを握る。


(下段写真:HYCホームページ ギャラリーより)
夕方16時38分には、ゴール。

所要時間8時間38分、これまででおそらくほぼ最短、着順7位でのフィニッシュである。

明日の修正順位の結果発表が楽しみ・・・、なセーリングだった。

毎年恒例の「かぐや姫レガッタ」。
スキッパーは女性でなけらばならない、というルール。

わが艇の「姫」も、事前に少々練習し、あらためて艇に慣れて、いよいよ出陣する。

それを前にして余裕の記念写真をとったのだが・・・。


しかし、いざ11時のレーススタート時には、サポートするはずのクルーの読みも甘く、スタート前にギリギリラインをはみ出してしまった。
ラウンド・アン・エンド・ルールに基づき、ここは無念にも、リミットの本部船をもう一度周回してのスタート。

おまけに、ランニングでは、ジブファーラーの巻き込みトラブルで、ジェネカーも上げられず。

風も波も素晴らしいレース日和なのに・・・。


スキッパー姿をPhotoに収められなかったのも、残念。

・・・と、何やかにやで、今回は8位入賞。

表彰式では、「姫」が、みずからの頑張りと、トラブルを重ねたクルーたちへのねぎらいの一言をお話して、本日のレースも楽しくお開き、・・・となりました。

今日はかつてのヨット仲間が來艇。

若き頃女子全日本シーホース級選手権で優勝したメンバーがロサンゼルスから来日したのを機に、当時の仲間が集まった。

午前中周辺を帆走、午後から例によってハーバーでささやかな船上宴会。

急に気温が下がり、朝も少し雨がパラついたせいか、今日の葉山港はいつもより静か。

しかし、わがデッキ上はかなりにぎやかで、例によって、また、周辺に迷惑をお掛けしたかも・・・。
今週は水曜日に続いて、また、ボランティァ活動。

「しょみんばた祭り」は、毎年真夏の恒例行事で、われわれは、葉山町の皆さんの体験乗船に協力。

今年は、同じ葉山ヨットクラブから24艇のクルーザーが協力を申し出、これまでの最大数となった。

陸上では逗子開成高校による和太鼓演奏など、催し物多数。




この日は快晴ながら湿度高く、気温も高いが、多くの人が催し物を楽しんでいる。


水の上の催しもいろいろで、子供たちによるいかだわたりレース。

不安定なフロートなので、途中で落水するものも大勢。



わが艇のお客様。

風も良く、波も収まっていたので、船に酔うこともなく、快適なセーリングである。

わが街の沖からの眺めも含めて、真夏のセ-リングを十分楽しんでいただけたようであった。




沖には多くのお客さんを乗せたメンバー艇もあちこちに・・・。

目の前には僚友艇”First Spirit”.。

炎天下、運営された皆様ご苦労さまでした。
平日ながら、葉山町主催の小学生のためのヨット体験講座に、葉山ヨットクラブ(HYC)からのボランティア艇として協力。

天気予報は少しずれたようで、午前中は快晴で真夏の暑さである。



子供たちはまずは、ヨットや海の安全などについて、陸で講義を受ける。



ほとんどが初めてのヨット体験、うねりはあったが恵まれたことに波は穏やかで快適なセーリング。
葉山港は「日本でのヨット発祥の地」とされている港、である。
これらの子供たちから将来ヨット乗りやオリンピック選手が一人でも多く出てくれればうれしい。



ボランティアとして、この講座を支えている葉山町の中学生、高校生達。

余計なことだが、今日スキッパーを勤めたおじさんも、成人するまで葉山育ち。これで古巣への貢献が少しでもできたかも。


HYCからのもうひとつのボランテイア艇”JUGEM”にも大勢のゲスト。


後輩たちの呼びかけに応じて、ランデブー・セーリング。

時折小雨という天候の中、3艇が連なって、江の島神社沖までセーリングして帰港。

少し走ってその後は、デッキの上で、あるいはどこかで交流を楽しむというスタイルが続いている。








毎年楽しんできた、母港葉山港面前で繰り広げられる逗子花火大会が中止となったので、今年は伊豆半島熱海で行われる花火大会を見学に行くこととした。

出港の朝、ハーバーでは、オプティミストデインギーの東日本選手権が行われていた。)




朝9時過ぎ出港。

風も5Mほどなので機帆走。

曇り空ではあるが、時々晴れ間も見え、東に去った台風の余波のうねりも、昨日の北風のせいか余り感ぜられず、まずまず快適な往路である。







約6時間強の相模湾横断で、午後3時過ぎ熱海に近づく。

係留地は、熱海港の中の「スパマリーナ熱海」である。

ここで潜水艦に遭遇。

艦船上にいた乗務員は休憩中のようだった。








花火の写真はなかなかうまく撮れない。

余り期待せずで出かけたのだが、嬉しい誤算で、熱海の花火は、思いのほか素晴らしかった。





それを係留場所から、目の前に見ることができるのだから、すっかり満足。

直前まで楽しんでいた、デッキでの夕食とアルコールを差し引いても、である。



(今年の花火見学は一応これで済ませることができた、という気にもなって・・・)。

翌朝デッキで朝食を済ませ9時出港。

熱海港から少し南に下り、初島を廻って、一路葉山へ。

快適なフリーのコースである。



風は7-10Mほどだが、台風の影響か、南東から少しうねりも出て来て、時折艇も持ってゆかれるので一時1Pリーフとして楽に走る。

風と波に恵まれて、午後2時過ぎに葉山港に帰着。

Updated 2011-7-3

 三浦半島三崎から東京湾横断に向かうJovial Five Photo on 2010/10/23 by HYC"BOSS"


”ジョビアル・ファイブ”は、

葉山を本拠地とし湘南・三浦半島界隈で、クルージングを中心に活動しています。

私たちの艇は1955年に第Ⅰ世が進水してから約半世紀、今は第Ⅳ世。

先輩達と共に小型艇やクルーザーのレースに夢中だったメンバーも
いまやシニア世代。

青春時代の腕と元気さにはいたらないが、時間に恵まれた今、ゆったりと
海とヨットの生活を楽しんでいます。
     

       活動記録インデックスはカテゴリーで
葉山ヨットクラブ・月例レース「新港開港記念レガッタ」に参加。

ソ-セージ回航2レース。結果は平凡ながら6位。

天気には恵まれた一日であった。

スタートしばらくはあまり風なく苦戦だが、ポジションは悪くない。



ライバルのK艇にはとりあえず勝って、ワインをゲット。

ありがとうございました。

今日は葉山ヨットクラブ月例レース、「鯉のぼりレガッタ」で優勝した

スキッパーは今年からわが艇に加わった最若手メンバー、初めて舵を握る。レースは南の順風(7~10mくらい)といつもより長いレグであった。

スタートはイメージ通りにはいかなかったものの、ポートでスタートしてすぐにフレッシュウインドをつかめたので、上マークでは17艇中、まん中くらいに位置した。

ジェネカーを張らなかったので、下りのレグでは2艇に抜かれたが、下マーク回航後に相手のトラブルで1艇抜き返し、そ の後も特段のミスやトラブルもなく順調にフィニュッシュ。

第1上マークでは後ろに8艇くらいはいたが、フィニッシュの時は4隻しかいなく、どこかで抜かれたのかと思いきや、リタイヤ2艇リコール4艇でそれらの艇が途中で抜けたということが表彰式のときに判明。

このあと表彰式までは、良い天気の中、ゲストが用意してくれた特別製の餃子を肴に健闘を乾杯、久々の優勝でとても爽快な一日であった。


女性クルーも、シニアも頑張った

レース・スタート時                  表彰式での今日のスキッパーの優勝挨拶
(Photo by "Albatross")
 



この日は、都合のつくメンバーで、のんびり江の島沖までのデイセーリング。

しかし、シーズン前と寒さのせいか、それぞれ艇の上での動きの悪さを嘆く。


逗子湾内ではレーザー・クラスのレースが行われていた。

毎年この日は、メンバーでの初乗り日。

相当沖合から・・・、だが、今年も江の島神社にも安全を祈願する。




出港早々におとそで、日ごろお世話になっている皆様と、艇と海とに、メンバー一同からの新年のごあいさつです。




Hayama Yacht Club主催の「保田クルージング」(10月23-24日)に参加。



葉山から南下し、城ヶ島を廻って東京湾を横断、千葉県保田漁港に1泊のクルージング。




横断には気を遣う。大型の本船が続々通過してゆく。

参加艇・Salah

参加艇・ココペリ

参加艇・Largo

保田漁港に係留する、後方に係留しているのはSalah

懇親会は漁港直営のこの「ばんや」で。


今年もHYC主催「石原慎太郎杯 葉山・初島ヨットレース」に参加。

昨年優勝したので、今年は実行委員会運営も仰せつかっているため、わがチームは陸勤(オカキン)組と、レース組と二手に分かれる。

そのような中、結果は「3位入賞!」と大健闘。



8時のスタート時間に合わせ出港する。

同じく出港の「牛若丸」。



大会会長艇「コンテッサ」もスタートラインへ。



紺色のハルがきれいな[セーラ]。




午後4時前には、早くも沖合に「コンテッサ」が現れた。



「コンテッサ」がファ-ストフィニッシュ。さすがに早い。

4時半には「ウェイビーホット」が、2位でゴール。
修正順位で優勝を果たす。



わが艇も、日の暮れる前に江の島をバックにしてゴール。

今回は、参加18艇中15艇が、午後5時前後から6時までに一斉にゴールする、という激戦のレースであった。


恒例の月例レース『初鰹レガッタ』に参加。

風もあまりなく、この艇にとっては苦手な環境。結果はラッキーセブン逃しの8位。


上マークを探す。
ジェネカーワークに集中。


後続艇を見る。



隣では、他のクラブレースも・・・。


ドブロブニクの街の背後にある、スラジ山の頂上までタクシーで登ると、街を一望できる。
内乱の前に山頂まで設置されていたケーブルカーも、目下再建中で、間もなく完成すると言う。

この街は、アドリア海の北の奥にあるベネチア共和国が、コンスタンチノーブルを陥落させた時以後に、実効支配を受けるようになったと言うが、たしかにヴェニスとトルコの間にある要衝との感のある街である。


日曜と重なってか、昨夕にも増して多くの観光客で賑わっていた。




旧市街は城砦となっていて、観光客は外壁の上の回廊を一周できる。




この日のディナーは、解散式を兼ねて近くのホテルの海沿いのテラスで取ることにした。